強くなれる理由を知った() 〜自己紹介のようななにか①〜

 

2本目の記事ですが、改めまして、

はきの と言います。

以後よろしく。

 

〜〜〜〜〜

 

最近、自分は「弱い」ということにようやく気がついた。その自覚もないままついこの間まで勘違いして生きてきたというわけである。滑稽。

どのように弱いかについてはまたおいおい記事にするかもしれないが、例えば怒っている人間と同じ空間を共にすると例えようもない恐怖を感じて正気を保っていられなくなる。臆病に近いが、それとも少し違う気がする。

 

 まあこれは一例にすぎないが、とにかくそのような自分の弱さを隠すため(+生きるモチベとして)、

偽り(等身大でない、嘘をつき見栄を張った)の自己を演出し、それを他人に見せつけることで得られる高揚感を常に必要としていた。

 

 これはどういうことか、もう少し具体的に言うと、まず、私はいわゆる一般的な基準(容姿、運動能力、学力…etc)で周りと競争した場合、自分の理想とする位置まで勝ち進むことができなかった。こんな自分のありのままの姿には胸を張れない。人様にお見せできない。堂々とできない。どうする……

  このような現実を前に、いつしか「特別な個性をもった、”すごい”存在として相手の目に映ること」が、あらゆる行動 の(主たる)目的になっていたわけである。ほぼ無意識に。

 

「お前らは正面から戦うと俺より強いかも知れないが、そもそも俺は普通の人とは違う価値観を持った人間だぞ。何かよくわからないものなのだ。一般的な尺度だと俺の価値は測れない。そういうすごいタイプの唯一無二の個性を持った変人だ。」

 

 …かなり痛いヤツだが、、これは人間の一般的な性質、「自分の理解できないものを怖がる(畏怖)」を利用した、ある種の生存戦略といえる。弱くて臆病な個体が生き残るためにとった決死の策…と考えれば可哀想な気がしてこないでもないかもしれないが、いつかはボロが出るし、その時は目も当てられないくらいダサい。

 

とまあこんな感じで、素の自分に向き合わず、自分にも他人にも嘘をついてごまかしごまかし生きてきた結果、自分の弱さを(少なくとも意識的には)自覚することなくここまで来てしまった、というわけ。

 

〜〜〜〜

 

「いかに自分が、自分の理想のキャラとして他人の目に映るか」のために人生費やしてきた結果、気づけば何も手元に残らず詰みかけていた…。という救いようのない現実に最近向き合わざるを得なくなったという話でした。嘘のようで本当の怖い話。。。。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

。。。。。。。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うん、これ以上オ○ニーにいそしんでいる時間はない。せめて食いっぱぐれない程度には強くならねば。